2-1. 線間電圧と相電流 / PWM波形再現

はじめに

2章の記事は、1章の知識が前提となります。わからない用語があれば、1章を参照してください。

今回は線間電圧について深追いするだけなので、正直再現にはほぼ役立たない知識になると思います。

1章にて

1-1. 各種波形で、「線間電圧が聴きたい音(実際の車両の音)に最も近いことが実験的にわかった」ということをお伝えしました。今回はこれについて検証していきます。

モーターとインバーターの回路と接続

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図1
実際のモーターとインバーターは上の図のような配線になります。インバーターのUVW相の各端子からモーターのUVW相の各端子につながっています。モーターはスター結線とし、1相を抵抗に置き換えました。普通はインダクタンス成分も入ってきますが、単純化するため抵抗としました。

更に単純化

インバーターの各相の端子の電圧をV_1、$V_2$、$V_3$と置きます。そして端子電圧を電圧源と見ることで、以下のように単純化しました。

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図2
この各抵抗に流れる電流(= 各相の電流)$I_1$、$I_2$、$I_3$を導出していきます。

導出過程

まず、3相なので全ての電流を足し合わせたものは0になります。よって $$ I_1 + I_2 + I_3 = 0 $$と表せます。また、図2の下端から上端の電圧$E$は各相同じなので、

$$\begin{align} E &= V_1 - R I_1\\ &= V_2 - R I_2\\ &= V_3 - R I_3 \end{align}$$

と表せます。この2式を連立して頑張って$I_2$と$I_3$を消し、U相電流$I_1$を出します。そうすると $$ I_1 = \frac{2V_1 - V_2 - V_3}{3R} $$となりました。一見すると線間電圧はどこにあるのかわかりませんが、少し変形をすると $$ I_1 = \frac{(V_1 - V_2) + (V_1 - V_3)}{3R} $$のようになり、線間電圧が2つ見えてきます。これはU-VとU-Wが合算されたものということが言えます。

それぞれの相の電流を同様にして求めると、

$$\begin{align} I_1 &= \frac{(U - V) + (U - W)}{3R}\\ I_2 &= \frac{(V - W) + (V - U)}{3R}\\ I_3 &= \frac{(W - U) + (W - V)}{3R} \end{align}$$

となりました。わかりにくいので、$V_1$、$V_2$、$V_3$をそれぞれ$U$、$V$、$W$で置き換えました。全ての相で線間電圧の合算されたものが電流になっていることがわかります。

床電の机上再現ではすべて線間電圧 $U-V$ を生成していますが、これをU相の電流で生成するとどのように変わってくるでしょうか。

いちいち分数を書いているとダレそうなので、U相の電流は $2U-V-W$ $(=(U - V) + (U - W))$と表記することにします。$R=\frac{1}{3}$として分数を省略した形です。

実音

線間電圧 $U-V$

U相電流 $2U-V-W$

聴いた感じの音は変わりません。※U相電流は音が大きくなりすぎたので、音量を半分にしています。

スペクトル

WaveToneでスペクトルを表示します。

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図3
左が線間電圧 $U-V$、右がU相電流 $2U-V-W$です。これも全く変わらないですね。

波形

Audacityで波形を表示します。

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図4
上段が線間電圧 $U-V$、下段がU相電流 $2U-V-W$で、これは始動時の波形です。パっと見た感じでも大きく変わっていることがわかります。

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図5
こちらは同期モードの波形ですが、線間電圧は3レベルで、U相電流は5レベルになっていることがわかります。波形がこれだけ大きく変わっても聴覚上では全く差がないのは不思議です。

証明?

本当はここで$U-V$と$2U-V-W$それぞれの振幅スペクトルを数式で評価(フーリエ変換)して等価であることを証明しないといけないんですが……計算がだいぶ重くなりそうなのでしません。実用上は、先ほどの実音のWaveToneの比較で振幅スペクトルが等価になることがわかったので十分じゃないでしょうか。

ここからは予想になりますが、$U-V$と$2U-V-W$それぞれをフーリエ変換すると、振幅スペクトルは同じになって位相スペクトルが異なってくるのではないかと考えています。

音の出どころ

上の図では各相を抵抗に置き換えていますが、これはもともとコイルなのでこれらをスピーカーと見ることもできるはずです。

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図6
抵抗をスピーカーに置き換えました。そもそものスピーカーの音が鳴る原理ですが、永久磁石の上にあるコイルに電流が流れて振動板を振動させ音を鳴らしています。 コイルが力を生む要因は電圧ではなく電流です。スピーカーは電流によって音を作っています。

1章にて「実際の電車の音は線間電圧のほうが近い」とお伝えしましたが、以上のことから考えると、厳密に言うなら「実際の電車の音は相電流が元になっている」ということが推測されます。要するに、音の源は線間電圧ではなく相電流と言ったほうが適切そうだということです。

聴覚上は線間電圧も相電流も変わらないので、これからも線間電圧で再現していく方針でも問題はなさそうです。聴きたい音と等価なものですからね。

まとめ

  • 各相の電圧を$U$、$V$、$W$とし、モーターの1相の抵抗を$R$とすると、U相の電流は$\frac{(U - V) + (U - W)}{3R}$と書けて、相電流が2つの線間電圧の重ね合わせ $(U - V) + (U - W)$ でできていることがわかる
  • 相電流で音を生成すると聴覚上とスペクトル上は線間電圧と変わらないが、波形は大きく異なる
  • 実際の電車の音は相電流が元になっていることが推測される
  • 聴覚上は線間電圧も相電流も変わらないので、これからも線間電圧を生成していく方針